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四季彩 原風景への旅  日本には二十四の季節がある!
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たかだけんじ(写真と文)の 旅から旅へ
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タカダフォトグラフィー 写真工房旅
生きるか死ぬかで(入院)した場合。至れり尽くせりの
治療、介護になる。当たり前のコトなんだけれど。そこに慣らされた心身はわがままな勘違いを持つ。退院できる人間には、社会復帰に対する(辛抱)強い、意志も認識させ、ゆるくなった甘えもリセットさせなくてはならない。小生も一週間ほど(行)の日々があった。一般病棟は4人部屋なんで、いろんな人生を積んできた人間が普段ではけっして、出会えない人種と出会う。いまにして思えば、貴重な体験である。

最初はいい人ばかりで、退院待ちに手術待ち。お一人、退院の後に夜中の排便、咳き込みの声が絶叫、さらに性格が悪い、耳が遠い。典型的なわがままじじいであった。で、延べ。一週間、睡眠不足の日々が続く。ただし、いらだつとか頭にくると言う(意識)が実は一回もおこらない自分が居た。

この病棟の住人達は死ぬか生きるかを今、体験し、生きながらえているからだ。


ナースステーションを挟んで、小生の部屋があり、幾つか並ぶ。その並びはやがて、退院を目指す部屋であるコトが後で知る。ナースステーションの向こうは状況が厳しい。廊下をへだてて、夜中に別の絶叫も聞こえてくる。

で、結果として。退院まで幾日も無い頃。ナースが大変だからと部屋の住人のローテーションを敢行。2~3日。熟睡の日々が続く(笑)。夜中の脈が50と少ないのでとドクターからお声がけ、いただく。若い頃、自転車のロードレースの選手で、脈拍は寝る前の測るコトになっていて、41~2平均だったコトを伝えた。還暦での安静時は45である。

退院の日まで体に3箇所の心電図を付け、バッテリーを首から提げていた。無線RAN?である。無線の届かない所へ抜け出して、病院散歩をしてたら、男性看護師にしかられた(笑)。ドクターからは運動しなさいと指示があり、病院だからなにかあっても大丈夫だから。

腕力はじめ、全ての筋力は人並み以上で、救急車のストレッチャーから救急救命の処置用ストレッチャーへの移動だけはさすがにおぼろげな意識の中だったんで、みんなにせいのっで、移動していただいた。ICUからHCUへは自力で、ベッド移動して、一般病棟でも自力移動した。なにしろ8人くらい見えたと記憶する。ガタイのどでかい重そうな親爺をどうやってベッドを移そうかと話し合っており、悲壮な顔だった。体の色は黒いし、回復してないと思われていた。これは日焼けですと答え、自分でベッドを移動したら、全員のお顔に安堵の表情が見てとれて、思わず笑ってしまった。

この病棟には通常では有りえない、患者であったようだ。

人生(初)の大人のオムツも履いたが、一回きりで、自分もみんなも便秘のコトにはふれず、それがいい方に作用していて、排尿は管を通して処理されてたんで、延べ8日間だと記憶するが、寝たきりなんで大便たれ流しの(行)は体験せずに今回は済んだ。で、なにかのついでに排便の話になって、そーいや、出てないですなあ、、、。(つづく)。
by syashinkouboutabi | 2012-11-06 19:32